お米には炭水化物だけでなく、タンパク質が含まれていることをご存知ですか?実はお米のタンパク質にはさまざまな特徴があり、糖尿病や腎疾患など、さまざまな病気の予防に効果がある機能性成分として注目されています。そこで、新潟工科大学工学部准教授の久保田真敏先生に米タンパク質の期待されるはたらきについてお話をうかがいました。
私は新潟大学の出身です。新潟というと米どころなので、お米の消費拡大につながるような研究をすることで地元のみなさんに貢献できるということに非常に魅力を感じまして。それがきっかけで、お米のタンパク質の研究を始め、今ではライフワークとなっています。
「からだへのやさしさ」「豊富な栄養」をはじめ、お米のタンパク質にはさまざまな魅力がありますが、私からは「健康機能」という側面からお話させていただきたいと思います。お米の成分・主成分は、でんぷんですが、実は第2の成分がタンパク質であることをご存知ですか?お米には、約6%のタンパク質が含まれています。6%と聞くと、私たちの食生活に与える影響は少ないように感じられるかもしれません。ですが、実はこのお米のタンパク質というのは、「タンパク質の供給源」として非常に重要なのです。
どのような食品から、一日あたりのタンパク質を摂取しているかという視点でデータを紐解いていきますと、肉類や魚介類といった動物性のタンパク質が1位、2位を占めています。そして3位が植物性タンパク質となるのですが、その中でも一番摂取量が多いのがお米になるのです。植物性のタンパク質と聞くと大豆を思い浮かべる方が多いかと思いますが、お米は主食で量も食べますので、大豆以上に供給源として重要なんです。私たちはこのような重要性に注目し、お米のさまざまな機能についての研究を進めてまいりました。
現在、タンパク質供給源としての重要性から、米タンパク質の価値を見直す動きが起こりつつあります。米タンパク質はコレステロールの低下作用や抗酸化作用などの機能性が報告されているため、さまざまな分野での活躍が期待されています。注目すべきはお米の胚乳部分に含まれるタンパク質で、米胚乳タンパク質(REP)と言われています。食品の素材として活用するには精製物、つまりタンパク質をきれいにして取り出す作業が必要となりますが、米胚乳タンパク質の精製物は現在2種類が報告されており、その性質が異なることが明らかになっています。まず一つ目はアルカリによりタンパク質を溶かし出し回収した「AE-REP」。そしてもう一つはでんぷんを分解・除去して残ったタンパク質を回収した「SD-REP」です。SD-REPは基本的に炊飯されたお米の中に含まれるものとほぼ同じ特性を持っているタンパク質です。一方AE-REPは、含まれているタンパク質の種類は炊飯米に含まれているものとそう変わりませんが、消化性がかなり良くなっており、消化性の面では大きな違いがみられるタンパク質です。
私たちはこの2つのタンパク質が栄養学的な特性としてどのような違いがあるのかということに注目して、消化性の違いについてより詳細な実験を行いました。基本的にAE-REPとSD-REPの2種において、含まれるタンパク質の種類や量自体には劇的な違いはみられませんでした。しかし、ラットに食べさせてその糞を回収・分析すると、プロラミンと呼ばれる一部のタンパク質の糞中への排泄量が、SD-REPを摂取させたラットの方で著しく多くなるということが明らかになりました。実は、私たちが普段炊飯米を摂取した場合も、同じようにプロラミンと呼ばれるタンパク質の一部が消化されずに排泄されているのです。つまり消化性においては、このでんぷんを分解して精製したSD-REPは、炊飯米のタンパク質に近いという特性を持つということが、我々の研究によっても明らかとなってきました。
AE-REPは炊飯米より消化性が高いことから、本来体内に取り込まれずに利用されないままのタンパク質も体内に取り込まれて利用されるため、炊飯米ではみられない機能を示す可能性があると考えています。またSD-REPにおいては、一部のタンパク質の消化性が下がっているため、いわゆる難消化性のタンパク質としての効果も期待されます。通常タンパク質は体内に入ると胃や小腸で分解されますが、SD-REPの一部は分解されず大腸まで到達し、大腸に生息する細菌叢(腸内フローラ)に利用され、腸内環境を整える作用や便通改善など食物繊維と似た効果が期待できるのではないかと考えています。
このような特徴を持つAE-REPの健康機能としては、糖尿病やその合併症に対する影響が私達の研究から分かってきました。糖尿病は血糖値がなかなか下がらないということが代表的な症状になります。高血糖の状態が続くことは、血管などにさまざまな悪影響を及ぼすことが分かっていて、その影響はとりわけ毛細血管が集中している場所に重篤な合併症という形で現れてきます。例えば、手足の先に障害が出れば四肢の切断、目の網膜に障害が出れば失明、腎臓に障害が出れば透析の導入や腎移植が必要になるなどです。特に腎症では、現在、新しく透析を導入される患者さんの原因疾患の第1位が、糖尿病由来であるということが分かっています。私たちはこの糖尿病の血糖値のコントロールや合併症に対して、米胚乳タンパク質で何か有効な機能がないかを研究してきました。
実験は対象動物を二つのグループに分け、一つのグループには牛乳のタンパク質であるカゼインをタンパク質源としたご飯を、もう一つのグループにはAE-REPをタンパク質源としたご飯を与えました。まず血糖値のコントロールについて調査しようと考えて、空腹時の血糖値を調べましたが、残念ながらあまり良い効果はみられませんでした。糖尿病には効かないのか?と疑問に思い、糖尿病の代表的な診断基準の一つであるヘモグロビンA1c(HbA1c)を調べてみたところ、これがしっかりと下がっており非常に驚きました。このようなことから、食べるタンパク質の種類を変えることは、糖尿病の進行を穏やかにしてくれるということが分かりました。
さらに、血糖値のコントロールに効いているということは、合併症に対してもいい効果があるのではないか?ということで、腎臓に対する影響も調べてみました。みなさん健康診断などで尿タンパクを測定されている方も多いかと思います。腎臓が正常であれば、血液がろ過されて老廃物が尿にこし出される際に、体に必要なタンパク質は尿には出てこずに血液に残ったままになります。ところが腎臓の機能がおかしくなってくると、本来血液中にとどまっているタンパク質が尿に漏れ出てしまい、尿タンパクの数値が上昇してきます。そこで私達は腎臓のダメージを評価する指標として、尿中に漏れ出てくるタンパク質の1つであるアルブミンの量を調べました。その結果、タンパク質の種類を米胚乳タンパク質に変えるだけで、尿中に漏れ出てくるアルブミンの量がおよそ半分ぐらいまで減る、つまり腎臓へのダメージが軽減されることが分かりました。
また、糖尿病の患者さんは骨が弱くなり骨折のリスクが高くなるということが知られています。そこで糖尿病のモデル動物を使って骨への影響を調べたところ、カゼインの代わりにAE-REPを食べさせると、骨内部の微細な構造が弱く変化することを抑えることが分かってきました。さらにこのような微細な構造を健康に保つということが、最終的に骨の丈夫さ、つまり骨折のしにくさにつながることも明らかになりました。
加えて、AE-REPは脂肪肝に対しても効果があることも報告されています。AE-REPを食べさせたラットではカゼインを食べているラットと比べて、肝臓にたまる脂肪(中性脂肪やコレステロールなど)の量が減り、脂肪がたまることによって引き起こされる肝臓のダメージが軽減することが分かってきました。
「米ぬか」に話題を変えまして、米ぬかタンパク質のお話を少ししていきたいなと思います。糖尿病やその合併症に関する影響というのは、実は米ぬかのタンパク質でも同様にみられます。また、実は米ぬかのタンパク質で特筆すべき点としましては、肥満や脂質代謝に対して非常に強力な、米胚乳タンパク質以上の効果があるという点です。
米ぬかに含まれるタンパク質は、米胚乳に含まれるタンパク質と種類が違うということは分かっていますが、米胚乳のタンパク質と比べると、その詳細な特徴についてはまだまだ分かっていない部分も多く、これからのさらなる研究による解明が期待されています。私達のグループは米胚乳タンパク質と同様に米ぬかタンパク質についても、その健康機能に関する動物を使用した研究を行ってきました。マウスに高脂肪のご飯を与えると、体の中に脂肪が溜まり体重が増えるのですが、ご飯のタンパク質をカゼインから米ぬかタンパク質に変えると、体重の増加や脂肪の蓄積が抑えられて、肥満が抑えられるということが分かってきました。いわゆるダイエット効果ということですね。このようなダイエット効果に米ぬかタンパク質のどの成分が効いているのかということについては、まだまだこれから調べていく必要がありますが、タンパク質の材料となるアミノ酸だけではなく、そのアミノ酸が複数つながったペプチドも非常に重要なのではないかということが、私たちの研究から分かってきました。
お米のタンパク質はさまざまな病気の予防に効果を発揮します。私はこれから、日頃の食事を通して病気を予防することに関する研究を深めていきたいと考えています。栄養をたくさん摂取できる日本においても、たとえばお年寄りの方は食も細いですし、十分な量のタンパク質を摂るのが難しいという方もかなり多いと思います。そういう方に、たとえば普段の食事にちょっと加えていただくような形で、お米のタンパク質を十分取っていただけるようにできたらと思います。
そして先に挙げた糖尿病やその合併症、肥満などの予防だけでなく、高齢社会の今だからこそ考えたいサルコペニアやロコモ対策という形でもお米のタンパク質の摂取を増やせるようにお手伝いができるといいですね。つらい思いをする人を一人でも減らすために、病気を日頃から予防する、仮に病気になってしまったとしても、悪くなる速度をなるべくゆっくりにしてあげるということが非常に重要であり、一人一人が健康に活動できる時間を長くすることが、最終的に大きな社会問題となっている医療費高騰の抑制にもつながるのではないかとも考えています。
お米の可能性は、視点を変えるといくらでも広がると思っています。課題は大きいですし、画期的な解決策はまだ見つかっていませんが、これからもお米を通して、みなさんの健康の手助けになるような研究ができればなと考えています。
〈プロフィール〉
久保田 真敏(くぼた まさとし)
新潟大学農学部応用生物化学科卒業。同大学院自然科学研究科修了(学術博士)。2010年新潟大学農学部特任教授、11年同大学研究推進機構超域学術院助教、16年同大学農学部特任助教を経て、17年新潟薬科大学応用生命科学部特任講師に就任。19年より新潟工科大学工学部准教授に就任し現職に。研究テーマは「米タンパク質の新規生理学的機能性の探索」「クロレラタンパク質の新規生理学的機能性の探索」。日本栄養・食糧学会、日本アミノ酸学会、日本農芸化学会、日本腎臓学会など、幅広く活躍。2016年「米タンパク質の新規生理学的機能性に関する研究」にて日本栄養・食糧学会奨励賞受賞。