日本酒の高級ブランド「獺祭」を製造する旭酒造株式会社は、「真に美味しい酒を造る、そしてそれを幻の酒にしないため安定して供給する」ことをポリシーに、日本酒の魅力を国内外へ発信しています。今回、4代目社長である桜井一宏様へ、旭酒造の酒造りに対するこだわりと、日本のお米の魅力や今後の市場の可能性についてお話を伺いました。
旭酒造は、1990年に普通酒造りから純米大吟醸のみを造る酒蔵へと大改革を行い、これまで様々な挑戦と失敗を繰り返しながら「獺祭」というブランドを育てて参りました。そして獺祭が幻のお酒ではなく、消費者にとって生活の一部として愛されるお酒になるよう実践していることが二つあります。
まず一つ目は、獺祭の原料である酒米「山田錦」を栽培する生産者の方々との信頼関係の構築です。
山田錦は食用米よりも粒が大きく倒れやすい。気候や水の量、肥料を与えるタイミグなど、栽培がとても難しい品種のお米です。生産農家の方々にとっては、栽培時の負担が大きくなる一方で、通常の食用米よりも価格が高くプロとして育てがいがあるため、山田錦の栽培に挑戦したいという農家も増えています。
そのような農家の方々の想いをパートナーとしてサポートさせていただくため、当酒蔵ではしっかりと入荷量をお約束しています。
また田植えや刈り取りの時期は手伝いに行くなど生産者とコミュニケーションを取ることで、いいお米があってこそいいお酒造りができることを、社員と生産者のみなさまと互いに共有しています。
そして二つ目は、伝統技術を進化させて最高の酒造りを追求するための「見える化」です。
これまで伝統的な杜氏の経験や勘に頼っていた酒造りを徹底的にデータ化して数値を見える化しています。
そして、麹の発酵温度の管理など機械でできる作業は積極的に設備を導入することで工程を安定させています。それによって、人の手や感覚でしかできない工程やデータの分析にじっくりと時間をかけることができます。
自分たちでデータを分析、結果を検証することでノウハウを蓄積し、獺祭というブランドを進化させています。
このようにハイテクな設備を導入しても、酒造りにはどうしても人手が必要です。そのため製造メンバー160人以上と、全国で一番製造人数の多い酒蔵として地元の雇用を生み出し、若い人が集まることでまちの活性化にも繋がっています。
いい日本酒は酔うものとしての機能的な面だけでなく、嗜好品として美味しさを味わい幸せを感じられるという、人の生活にいろんな形で関わりあるところが魅力だと思います。
そしてお米から造る日本酒は柔らかさと甘味があり、最後まですっきりと飲める綺麗な旨味があります。
お米を料理するように、伝統、技術のつみかさねによってお米という素材を活かしきり、本当に美味しいものを造り出せるのが日本酒。
私たちは本当に美味しい酒造りのために極限までお米を磨いていますが、その過程でできる糠や、日本酒を搾った後にできる酒粕も有効活用することで、お米農家の方々のプロとしての誇りや思いを消費者へと繋げています。
獺祭造りでできた酒粕を焼酎にしているのも、飼料用にしてしまうのではなく、美味しいものをシンプルに活用し山田錦というブランドの魅力を新しい形で伝えるためです。
そのため酒粕を再発酵させアルコールの量を増やす一般的な焼酎の造り方よりも、シンプルにそのまま熱を加え蒸留させることで、とても香り高く味わい深い焼酎に仕上げています。
築野食品工業様が糠からこだわりのこめ油を作られているように、自分たちが作ったお米がただ食べるためやお酒として飲まれるためだけでなく、新たな製品として生まれ変わり自分たちの元へ返ってくると、生産者のモチベーションも上がり更に努力するので、より質のいいものができる。
そういう作り手の思いと共に「いいものが生まれる循環」を生み出せることも、ブランドの価値ではないでしょうか。
少子高齢化や食の多様化など、日本のお米の消費量は今後も減少していくと予想されます。消費を増やす工夫よりもまずはどうすれば売れるか、そのための市場の幅を広げていく工夫が必要だと考えます。
そしてもう一つ、作り手である自分たち自身が本当に美味しいと思えるものを追求し、失敗を繰り返しながらノウハウや製品の価値を上げていくことも大切です。
獺祭という旭酒造を象徴する日本酒が生まれた背景には、純米大吟醸のみに絞り地方から東京で売れる品質へと、何度も失敗と成功を繰り返してきたことにあります。
日本のお米は既に世界において非常にレベルが高く、さらにそのレベルを上げるためには大変な努力が必要です。それゆえ同じ市場で売り続けるよりも、もっと市場が伸びる世界へと目を向けることは自然な策だと言えます。
私たちも、今年新たにニューヨークに酒蔵をオープンさせます。そこでは日本と同じ原料や酒造りの方法を持ち込むのではなく、原材料も水も人も、全てその環境に適応できる酒造りを目指し、「日本の獺祭をさらに超えてやる!」という意味で、ブランド名を「Dassai Blue」と命名しています。
ニューヨークという日本と全く環境が異なる土地での挑戦は、旭酒造にとってさらなるノウハウや経験が蓄積され、新たな強みが得られるチャンスになると予想しています。チャレンジして失敗することでより良いものを生み出していくこともブランドの使命と考えています。