つい、お米を食べたくなる
そんなお話。
早川 文代様
早川 文代先生
事業内容 :(研究内容)食べ物の特徴を表す言葉の整理~ごはんのおいしさ表現などについて~
話者 : 農業・食品産業技術総合研究機構 食品研究部門 早川 文代

カテゴリー:

食べ物の特徴を表す言葉、ごはんのおいしさを伝えるテクスチャー表現。

「もちもち」「ふっくら」「甘い」など、おいしさを伝える魅力的な言葉を見ると、つい食べたくなってしまいませんか?食品の品質評価においても、人が食べた際に感じる「言葉」は必要不可欠です。そこで食べ物の分析や評価、品質の情報伝達の参照資料となる「食感表現体系」を作成し、日本人の食嗜好や食生活について研究されている、農業・食品産業技術総合研究機構食品研究部門の早川文代先生に「おいしさを表現する言葉」についてお話を伺いました。

 

 

おいしさを正しく伝え、共有する「食べ物の言葉」の重要性

食品の品質評価をするにあたってはさまざまな方法がありますが、大きく分けると、人が食べて評価する「官能評価」、あるいは機械で成分などを分析する「機器分析」、それから、人自体を測るという「生体計測」この3つに整理されると思います。

 

中でも「官能評価」は、実際に人がどう感じたかについて、人間の感覚を用いて、食品の味やにおい、テクスチャー(食感)などに対して言葉や数値で答えてもらうという評価方法です。「人がそれを食べてどう感じるか」という視点は、おいしさを分析するために必要なアプローチで、食品製造における商品開発や品質管理、農業における品種育成など、さまざまな場で用いられ、お米やごはんの品質評価にも用いられています。私はこの官能評価を専門にしていますが、官能評価は、評価の項目が「言葉」ですので、言葉をいい加減に扱ってしまうと評価自体が曖昧になってしまうということを日々痛感しています。

 

感覚を表現する言葉は「甘い」「苦い」「かたい」「しっとりしている」「ジューシー」など、数多くあります。このような言葉の中で、特に、テクスチャーを表す言葉は、十分に練ってから品質評価で使わないといけないと思います。なぜなら、テクスチャーは、味やにおいなどと比べて「ものさし」となる標準物質の設定が難しく、評価が言葉頼みになりがちだからです。「甘さ」なら、例えば「甘さ80点はショ糖水溶液では○%」というように標準となる点を客観的に表せます。しかしテクスチャーの場合は、簡単ではなくて。何かを食べているとき、そのテクスチャーの変化は大きすぎて、基準となる物質を設定することは難しいんです。テクスチャーの分析や評価を効果的に行うためには、テクスチャーを表現する言葉が整理されている必要があります。そうでないと、何を測っているのかわからなくなってしまいますし、その結果を伝えるときもスムーズにいきません。

 

日本は世界の中でもトップクラスの「おいしさ表現」の先進国

テクスチャー表現に関する初期の研究は1960年代、アメリカのゼネラルフーズ社(現・モンデリーズ社)の研究者・Szczesniakという女性によって行われました。彼女は、食品のテクスチャーを研究するには、まずテクスチャー表現を整理しないといけないと考え、多くのアンケートやインタビュー調査を行って、言葉の整理を行いました。彼女の成果は多くの人々に受け入れられ、影響を与え、やがてISOのTexture profileという国際標準となりました。

 

しかしこれは英語の発想で作られているため、日本人にはピンとこない点がいくつかあります。「大枠としてはこれに納得、でも日本の食文化や食生活を考えると何か足りない」という意見もありまして…。そこで、私は「日本人の日本語の発想」から作成したテクスチャーの用語体系の研究を始めました。もちろん、これは日本語に限った話ではありません。いくつかの言語で、それぞれの国の研究者によって、独自に、テクスチャー表現が整理されています。

 

では、日本語にはどのくらいの数のテクスチャー表現があると思いますか?私たちが2003年にアンケートを行い、さらに専門書や辞書などからも収集して整理したところ、445語の用語のリストができました。他の言語では、先ほどご紹介したSzczesniakのグループが集めた英語が77語、ドイツ語が105語、フランス語は227語、中国語では144語という結果です。これらは、研究した時期も方法も異なるので、一律に用語数を比較することはできないのですが、それにしても、日本語はテクスチャー表現が非常に多い、と言ってよいのではないかと思います。

 

この背景には、日本では食べ物のテクスチャーが広範囲で多彩であるということが関係しているのではないでしょうか。ここには、生や生に近い状態のものを好む、つまり、食材がもつ本来の食感を楽しみたいという価値観が反映されていると思います。煮込めばなんでも軟らかくどろっとしたテクスチャーになっていきますから、生のテクスチャーを味わうということは、テクスチャーのバラエティの広さに繋がり、それが表現の豊富さに繋がっていると思います。

 

また、日本のテクスチャー表現には「粘り」や「弾力」の表現の数が多いのですが、これは、粘りや弾力のある食材に対する食経験の多さが関係していると思います。まず、ご飯がそうですよね。お米を食べる国は世界でもたくさんありますが、日本では、「粘りを活かして炊き上げる」ということを大事にしています。他にも、お餅、納豆、きのこ、海藻、それからこんにゃくなどのゲル状食品など、日本では粘りや弾力のあるさまざまな食材を食べています。粘りや弾力に関する表現が多いのは、こういったテクスチャーに対する関心の高さ、ひいては食文化を反映しているのでしょう。

 

日本語のテクスチャー表現の特徴をもう一つ言うなら、擬音語・擬態語の多さだと思います。テクスチャーをより細かく表現できる擬音語・擬態語の多用が、日本語のテクスチャー表現の数の多さに関係していると思います。実際、私たちがリスト化したテクスチャー表現のうち約70%は擬音語・擬態語です。例えば、「シャキシャキ」「シャリシャリ」「ショリショリ」のように、微妙にニュアンスの違う言葉によって、テクスチャーは微細に表現されています。日本語の細やかな表現は、食品の魅力をより正確に伝えることができます。これは日本のテクスチャー表現の素晴らしいところだと思います。

 

お米のおいしさと魅力を言葉で、より多くの方に伝えていく研究をこれからも

お米は日本人にとって根幹を成す食べ物だと思います。栄養的にも大切なものですし、日本の文化、風土、歴史的な背景まで考えた時、日本人が何か一つ食べ物を選ぶとしたらやはりお米だと思うんですよね。お米に関わる研究に携わっていると、その魅力を知るにつれてワクワク感もどんどん大きくなっていきますし、一方で、「大切なもの」を研究対象とすることに対して、ある種の責任感のような、使命感のようなものが湧いてきます。

 

現在私は伊藤忠食糧様との共同研究で「ごはんの感覚表現体系」の作成に取り組んでいます。これまでに、ごはんの評価のプロにさまざまな米飯を食べて言葉を出してもらったり、本や論文などから言葉を抜き出したりして、7,000語を収集し、集計して、類義語をまとめたりして、約100語のリストにまとめました。様々な品種のお米だけでなく、業務用の米飯、包装米飯(パックご飯)など、広範囲の米飯を対象範囲とし、育種から販売までの多くの現場で、辞書のように利用いただけるものを目指しています。

 

昨今、お米の消費量が減っていますが、そんな中で、改めてお米のおいしさを伝えていくということはとても大切なことだと思います。そのためにも、まずはきちんと品質評価ができるということが重要です。私たちの研究は「品質評価をする」ということを目的としているので、本来はプロ向けのものです。でも、実は、消費者の方に伝えるための用語集にも展開させたいと最近は思っています。そうして、より多くの方にさまざまなお米の品質やおいしさ、さらには、お米そのものの魅力を伝えていけたらと思います。これからもみなさまのお役に立てるようなものを作っていきたいですし、興味をお持ちいただくために「面白いね」と言っていただけるような研究を進めていきたいと思っています。

 

 

〈プロフィール〉

早川 文代(はやかわ ふみよ)

お茶の水女子大学大学院博士課程修了(学術博士)。同大学院助手、上海水産大学客員副教授を経て、2004年食品総合研究所主任研究官に就任。組織改組により21年より現職。専門分野は調理科学、官能評価学。官能評価、特に官能評価の用語に関する研究に従事し、日本家政学会奨励賞、日本食品科学工学会奨励賞などを受賞。

主な著書に、『食語のひととき』『食べる日本語』(以上単著/毎日新聞社)、『おいしさの表現辞典』(東京堂出版)『必読官能評価士認定テキスト』(霞出版社)(以上共著)など。

メールからのお問い合わせ