つい、お米を食べたくなる
そんなお話。
大坪 研一様
大坪 研一先生
事業内容 :(研究内容)各種の米と期待される健康効果
話者 : 新潟薬科大学 応用生命科学部 特任教授 大坪 研一

カテゴリー:

個性豊かな米の種類と期待される多様な健康効果。

超高齢社会と呼ばれる現在の日本において、生活習慣病の増加をはじめ、医療費の増大は大きな社会問題になっています。医学や薬学的な研究の進歩が期待される中で、毎日出来る予防策として、「食」が見つめ直されています。そこで「食による健康の維持増進」について長年研究を続けられている、新潟薬科大学 応用生命科学部 特任教授の大坪研一先生にお米の機能性成分とその可能性についてお話を伺いました。

 

食糧として命を支えるだけでなく健康寿命を延ばしてくれる「米」の魅力

大坪 研一先生

私は1981年に茨城県つくば市にある農水省の食品総合研究所に採用されて研究者になりました。最初に配属されたのがお米の品質利用に関する部門だったことがご縁で、以来42年にわたりお米に関する研究をしています。研究は「おいしさの評価」「DNA品種判別」「加工利用」の3つで、現在は主にお米の機能性成分などについて研究しています。

 

「機能性成分」とは一般に生命活動に必須の栄養素ではないものの、健康を維持したり病気の予防の助けとなる機能が期待される成分を言います。お米には食物繊維、フィチン酸、γ-オリザノール、酵素阻害タンパク質、ポリフェノールなど、さまざまな機能性成分が含まれています。これらは特にお米の油、あるいは米ぬかに多く含まれておりまして、これについてはこめ油で有名なメーカー・築野食品さんも「こめ油の植物ステロールの含有率は、他の植物油の約2倍以上」とおっしゃっていて、γ-オリザノールの構成成分であるフェルラ酸は抗酸化能を特徴とする食品添加物として厚生労働省に許可されていますし、認知症の予防機能を報告する論文も出ているほどです。このように非常に多くの機能性成分が含まれているため、さまざまな病気の治療や予防などにも活用されています。

 

これまでに行ってきたさまざまな研究を通して感じたことは、お米の魅力はやはり、生きていく上でなくてはならないものだということ。しかもそれが、食糧としてただ命を支えるだけではなく、健康を維持しながら、つまり寿命と同時に健康寿命も延ばすということ、結果的には病気になりにくいということだと思います。これら数々の魅力を活かしながら、お米をより多くの方の健康に役立てたいという思いで、日々研究を進めております。

 

「新形質米」の機能性を組み合わせることで、健康への可能性が無限に広がる

みなさんは「新形質米」という言葉を聞いたことがありますか?新形質米とは、従来にない使用目的や特徴的な機能を持つお米の総称です。お米の消費拡大を目的に1989年に国が始めたプロジェクトで、栽培地域に合わせて多種多様な品種が育成されています。

 

機能性が期待されるものとしては有色素米、黒米や赤米と呼ばれる品種なのですが、注目すべきは「黒米」です。もともと中国では薬膳料理に用いられたり、漢方薬の原料としても重用されてきましたが、白米に比べて栄養価も高く、カルシウム、鉄、マグネシウムなどのミネラル、また、食物繊維やビタミン類も豊富に含まれています。最近ではスーパーフードであるとも言われており、「心臓病の予防」「高血圧の予防」「消化性改善」「便秘の改善」「抗炎症効果」「抗アレルギー効果」「解毒作用」「糖尿病予防」「視力改善」といった、極めて多くの機能性が報告されております。

 

また、みなさんもご存知の「玄米」も注目いただきたいお米です。精白米に比べて栄養機能性成分を多く含んでいる玄米ですが、中でも抗酸化性の強い有色素米や難消化性機能に優れた硬質米の玄米や発芽玄米は健康機能増強効果をさらに高めるということをぜひ覚えていただきたいと思います。私たちは共同研究の中で、胚芽が一般的なお米の2倍から3倍もある種類の巨大胚芽米と呼ばれる種類の発芽玄米50%を白米に混ぜたパックライスにして食べていただくという研究を行いました。その結果、一般白米100%のものに比べて、食後の血圧や血糖値が低下するという結果が出て論文になっています。

 

 

消化吸収量のコントロールで、お米が糖尿病や肥満の救世主になる

現在世界的な問題となっている生活習慣病、中でも糖尿病は世界で患者数が5億人を超えていると言われています。日本においても6人に1人が予備群、あるいは患者であるとも言われており、今後も増え続けることが予想されます。特に患者数の多い2型糖尿病の基本的な予防法は、食事療法ということで、ゆっくり食べることや、低GI値の食品を食べるといったものです。

 

しばらく前ではありますが、私も東京慈恵会医科大学、畿央大学、キユーピー研究所などと一緒に高アミロース米の効果を研究しました。高アミロース米とは、消化・吸収されにくい難消化性デンプンを多く含んでおり、一般的なお米に比べて糖の吸収が遅くなるため、 糖尿病の食事療法に利用できる食品として期待されている種類です。このお米を使って実験を行った結果、摂食後の血糖値とインスリンの量が一般米に比べて高アミロース米の方が低いことが分かりました。これは一般的なお米よりも高アミロース米の米飯が肥満、糖尿病の予防効果を示していると言えます。

 

糖尿病を防ぐことで、認知症の予防にも効果が!おいしく食べて、元気を続ける「お米」のチカラ

大坪 研一先生

 

現在の日本は超高齢社会ということで認知症が増えており、ますます問題は深刻化しています。九州大学の疫学研究によりますと、糖尿病の方は健常者に比べて2倍ほど認知症の原因疾患であるアルツハイマー病になりやすいという報告があります。そこで、脳にリン酸化タウが蓄積して、アルツハイマー病を引き起こすという新潟大学脳研究所の池内先生の仮説に従い共同研究を行ったところ、糖尿病とアルツハイマー病には関係性があるという結果になりました。

 

最近ではお薬もできてはおりますが、我々研究者としては日頃から気軽に取り組める「食」を通じて、何とか予防に貢献できないかということを考えておりました。そこで認知症、糖尿病の複合予防効果のあるお米と加工食品の開発に関して、この3年ほど共同研究を行ってまいりました。実際には材料として、黒米とさらなる難消化性機能が見込める超硬質米の玄米を併用しました。玄米には表面処理を行い、超高圧処理を行います。これは超硬質米が非常に硬く、ご飯として食べにくいためで、2,000気圧の超高圧処理をかけることで食べやすくし、それに加えてアルツハイマー病の原因物質とされるアミロイドβの合成を抑制するという黒米の機能性もさらに増加させることを狙いました。食べ続けるためには食べやすさだけでなく、「おいしさ」も重要になるため、築野食品さんのこめ油や黒米のぬかを添加して風味を向上させてパックライスを作り、これをヒト試験に供しました。その結果、食後血中インスリンの抑制という効果に加えて、言語記憶能力の改善という効果が認められたため、糖尿病だけでなく、認知機能の改善にも有効であることが期待されます。また、12週間のヒト試験において、試験食に起因する有害事象は認められず、被験者全員が試験を完了したことから、この試験で毎日食べる機能性食品としての実用化も有望であると考えられます。このようにお米の多様な機能性成分を組み合わせて活用することで、さまざまな病気の発症を予防し、わが国における健康の維持増進だけでなく、お米消費の拡大にも貢献できることが期待されます。

 

 

お米の力で、すべての人が元気に、自分らしく生きられるようにする研究を

これまでさまざまな研究を行ってまいりましたが、当面の目標としては、認知症と糖尿病複合予防の加工米飯を企業の方々と一緒に実用化したいと思っています。今は企業が工場で生産するための技術の開発研究をしていますが、原料の超硬質米がまだ品種になっていません。しかしようやく最近、企業でも工場規模で作れるような技術を開発してきましたし、開発中の品種を新潟県が品種登録すると国に申請してくださいましたので、そうするとあと少しで世の中に出せるのではないかと希望をもっております。そうして多くの方に実際に召し上がってみていただくことで、「なるほど、確かに発症しにくい!」ということが社会的に認められるのではないかなと思っております。一日でも早く認知症や糖尿病の患者さんや、発症を心配される方のもとにお届けしたいです。

 

また中長期的な目標としては、認知症などの生活習慣病の予防に関する研究をさらに深めていきたいと思っています。日本は特に超高齢社会ですので、患者さんは今後も増えていく一方だと思います。しかし悲観するのではなく、研究の成果を世の中に出すことで解決していけることもあると私は信じています。一人ひとりの大切な暮らしを、かけがえのない記憶を守るために、その予防や治療のお手伝いをお米を通して実現できたら…。そんなことを思いながら、これからも研究を通して健康に生きることの大切さを伝え、守っていけたらと思います。

 

 

〈プロフィール〉

大坪 研一(おおつぼ けんいち)

東京大学理学部卒業。農学博士(東北大学)。1981年農林水産省入省。93年同省食品総合研究所穀類特性研究室長に就任。2004年お茶の水女子大学大学院客員教授、東京農業大学客員教授の併任を経て、08年新潟大学農学部教授に就任。11年同大学産学地域連携推進センター長を経て、16年新潟薬科大学応用生命科学部教授に就任。19年より同大学応用生命科学部特任教授に就任し現職に。04年日本食品科学工学会技術賞、13年日本応用糖質科学会学会賞、新潟日報文化賞、20年日本農業研究所賞、22年日本農学賞ほか、受賞歴多数。

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