つい、お米を食べたくなる
そんなお話。
渡辺 昌規様
渡辺昌規先生写真
事業内容 :(研究内容)米由来タンパク質の国内安定供給の可能性と代替肉の開発
話者 : 山形大学農学部 教授/タイ・チェンマイ大学農産業学部 客員教授 渡辺 昌規

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米ぬか由来のタンパク質で、 循環型農業の構築、そして世界へ。

令和4年秋、各種メディアで報じられた「米ぬかから代替肉 世界初」というニュースは、米由来製品の新たな領域を切り拓くと共に、国内での持続可能な稲作への転換に寄与するものとして大きなインパクトをもたらしました。その研究開発チームを率いた山形大学農学部の渡辺昌規教授に、米ぬか由来タンパク質の特性と代替肉の可能性、そして今後の展望などについて伺いました。

 

タンパク質供給源の確保は世界的課題

今、世界の人口は100億人に近づく勢いで増加していて、それに伴って穀物の供給量も増えています。しかし、それを上回る勢いで伸びているのがタンパク質の需要です。その成長率は今後も長期にわたり高いレベルで維持されていくと予想されており、経済的な発展を遂げている新興国がタンパク質を含む食品を摂取するようになってきたことで、世界的には「タンパク質クライシス」とさえ言われています。

 

食料自給率が非常に低く、他の国から食料を集めている日本では将来的に、今と同等のタンパク質を食料から確保することは、他の国の食料を奪ってしまうことになり、世界に対して食料危機を起こす立場にもなりかねません。また、現在の主要なタンパク質供給源である牛・豚・鶏などの畜肉(純肉)は、バーチャルウォーターや温室効果ガス排出など地球環境への負荷が大きいということが懸念されているため、畜肉に替わるタンパク質の供給源をどこに求めていくのかということも考える必要があります。そうした点からも今後は、植物性タンパク質の供給が重要であり、できる限り食料と競合しない非可食部由来とすることが求められています。

 

世界全体で新規タンパク質の確保を模索している今、昆虫食による動物由来のタンパク質製品も注目を集めていますが、その一方で植物性タンパク質を原料とする「代替肉」をはじめ、代替卵や代替魚などの製品を生み出そうという機運が高まっています。その中で私たちの研究グループは、米由来のタンパク質がどこまで貢献できるのかというところをテーマとして研究を重ね、米ぬかからタンパク質を抽出精製する技術、および抽出物を原料とする植物由来代替肉の開発に取り組んできました。

 

世界初の「米ぬか由来代替肉」 実用化への課題は“香り”

「代替肉」というのは、食感・味・外観・匂いが肉に類似した製品ということで、筋の繊維構造が肉に似ているネットワーク構造を持たせることが必要です。

代替肉の生産方法には、動物細胞や微生物を培養して3Dプリンターで成形するボトムアップ法と、大豆ミートのように植物由来タンパク質に親水コロイド(多糖類)などを加えて作るトップダウン法の2つがありますが、今は製造コストの点からトップダウン法が主流です。しかし、日本国内において、原料となる植物由来タンパク質を十分に確保するためにはどうしたらいいか。そこで着目したのが脱脂米ぬかでした。

 

玄米を精米する際に出る米ぬかの約50%は米油製造に使われています。米油を搾った後には大量の脱脂米ぬかが副生され、その用途開発が課題となっていすが、そこにはタンパク質含量が約20%あるため、脱脂米ぬかを大量に回収すれば大量のタンパク質を回収できるのではないかと考えました。そして広島県内の精米機メーカー(株式会社サタケ)と共同研究を重ねた末に、「IP-EWTプロセス(特許技術)」という脱脂米ぬかから連続的にリン化合物と米ぬか由来タンパク質を回収することができるプロセスを開発しました。

 

この技術によって、通常は抽出時に低分子(シロップ状)になってしまうタンパク質を、高分子状の固形物として回収可能になり、さらにアレルゲンフリーであることも確認しました。競合するタンパク資源(玄米、大豆、乳清)と比較しても、非GMO(遺伝子組み換え作物ではない)で食物性原料であること、国内自給できる、非可食部由来である、環境調和、栄養価、アレルゲン性など、すべての面で脱脂米ぬかが優れています。

 

さらに、さまざまなテクスチャー解析を行って代替肉原料となり得ることを確かめた上で、トップダウン法により代替肉の開発に取り組み、2022年に世界初の米ぬか由来タンパク質による代替肉を完成させました。

食感は大豆タンパク質で作った代替肉と遜色なく、米ぬか由来タンパク質にさまざまな多糖質・油脂類を組み合わせることで、硬い、柔らかい、硬いけどほぐれやすいなど、若い方からお年寄りまでそれぞれが満足していただける食感の違いを演出することができます。また、国内水稲からのトレーサブルで安心・安全なタンパク質を原料としており、ほぼ肉に近い色合いのため、大豆由来代替肉のように色素を加えなくてもいいという点でも安心・安全を訴えることができると考えています。

 

ただ、まだ試食試験には至っておらず、その理由の1つは大量に作れないということ。そして、もう1つ大きいのが、香りの問題が解消できていないことです。大豆ミートでも大豆臭を消すためにいろいろな方法で苦労されていますが、米ぬか由来代替肉ではぬか臭が残っているため、それを抑えるために試行錯誤しています。味を濃くしてしまえば分からなくなるかもしれませんが、食べて塩辛いと感じるのでは良くない。おいしさの要素のほとんどを香りが占めているので、この点をクリアすることが重要な課題です。

代替肉としての実用には、まだまだ知見の蓄積が必要ですが、まずはカップ麺に入っている加工肉のように「なんか肉っぽいな」と感じてもらえるところまで早くいきたいと思っています。

 

また、品質の問題だけではなく、流通などにおいても課題はあるので、事業化という面では先行する大豆ミートをライバル視するのではなく、それを含めた代替肉市場というのが日本にちゃんと根付くかどうかといところが大事だと思っています。

 

 

米ぬか由来タンパク質を起点に さまざまな可能性が期待できる

私たちが開発した米ぬか由来タンパク質の用途としては、代替肉などの原料分野のほか、昨今増えている高タンパク食品のタンパク質添加物としての用途や、健康食品市場にもグルテンフリーの安心・安全なサプリメントとしてアプローチできると考えています。

さらに、高齢者の方々に向けても、効率的なタンパク質供給によって筋肉量低下の予防や健康寿命の延伸が望めたり、抽出したリン化合物に含まれるフィチン酸がアルツハイマー型認知症の予防効果を認められているため、医療食としても有用でないかと思います。

 

一方、“日本の農業”という面からも、この技術の確立と事業展開によって、従来の白米を中心とした稲作から、白米生産プラス機能性成分を生み出す収益性の高い農業へとパラダイムシフトすることが期待されます。食料でない脱脂米ぬかからアレルゲン・GMOフリーの安心・安全なタンパク質やリン化合物などを供給していけたら、農家さんの高齢化や担い手不足、異常気象による不作といった外的因子に負けない、持続可能な稲作の実現が目指せるのではないか。また、農家さんの収益性が上がれば、農業に魅力を感じて新しい就農者が増えていくかもしれないですし、さらには地産地消型バイオリファイナリー技術の開発や地域産業の創出、循環型農業の振興につなげていきたい。そういうところにも米ぬかの利活用が生かされればいいなと思っています。

 

そうした中で築野食品工業さんは、用途開発に必要な米ぬかの機能性成分の研究を網羅的にされていらっしゃる。私の研究は、米ぬかの成分の中でもターゲットを絞った限られた部分のものなので、築野さんの取り組み方には非常に興味があります。ただ、米ぬか成分を使って商品化するというのはちょっとマニアックな感じなので、築野さんには米由来タンパク質などを一般の方が受け入れやすいように供給できる形にしていただきたいですね。そうした方向でものづくりが進んでいけば、米ぬかや脱脂米ぬかに対する一般の認知度も上がり、ブレイクスルーにつながって市場もできるという好循環が生まれるのではないでしょうか。

 

また、化粧品やサプリメントなど、直接肌に付けるものや口に入れるものについては、クオリティ・プロダクツとして、世界の中で日本は絶大な信頼性を持っています。お米の加工技術から生み出された高品質な機能性成分や、高付加価値の加工品を輸出できるのは日本の強みですし、安心・安全を謳えるものであればメイド・イン・ジャパンのオンリーワンになれる。将来的に、そういうところで海外と勝負していければいいなと思っています。

 

(プロフィール)

渡辺 昌規(わたなべ まさのり)

広島大学大学院工学研究科工業化学専攻博士後期課程終了。工学博士。山形大学農学部准教授(平成24年)、タイ・チェンマイ大学農産業学部客員教授(平成28年から継続中)を経て、平成31年より山形大学農学部教授を務める。令和4年10月、企業との共同研究により、脱脂米ぬかから抽出したタンパク質を原料とした代替肉の開発に世界で初めて成功。これまでの研究活動に対し、農芸化学研究企画賞(日本農芸化学会・2019年)、日本生物工学会・生物工学論文賞(令和1年)、NEDO-TCP審査員特別賞(令和4年)ほかを受賞。

 

渡辺昌規先生

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