超高齢社会にともない、認知症になる人の数が年々増えています。厚生労働省の報告によると、2025年には約700万人、高齢者の約5人に1人が認知症になるといわれており、今や世界中で治療や予防の研究が行われています。そこで、東北大学のスマート・エイジング学際重点研究センターの髙橋芳雄先生に、脳の健康から考えた玄米食の可能性についていろいろお話を伺いました。
現在、日本の人口は約1億2500万人で、65歳以上が約3600万人。高齢化率が29%になっています。人口は減少していく一方、2023年時点で女性は約88歳、男性は約80歳と長生きするようになっていて、50年後には女性が92歳、男性が86歳になると予想されています。長生きはいいことですが、「健康寿命」というものを考慮しなければなりません。健康寿命とは、健康で自立した生活を送ることができる年齢の上限のことを指しますが、この健康寿命も平均寿命とあわせて年々延びています。
健康寿命を考えたとき、介護が必要な状態になるまでを健康寿命とした場合、要介護の状態になるになる原因はさまざまですが、第1位は認知機能障害――脳機能に障害が起きる認知症が18%を占めています。つまり、健康寿命を延ばすには脳の健康、認知的な健康を保つことが鍵と考えられます。
加齢とともに脳の機能は衰えていきますが、とりわけ確実に低下するのは「記憶力」です。記憶力にはエピソード記憶と意味記憶があって、物事・出来事を覚えていくエピソード記憶は35歳をピークに、言葉の意味や物事を定義的に覚えていく意味記憶は55歳をピークに低下していきます。また、加齢とともに認知症を発症する可能性は高くなります。厚生労働省の報告では、60代後半で1.6%、70代後半になると10%、80代中盤から後半には44%になり、加齢とともに認知症と診断される人の割合が増えていきます。
認知症発症のリスクを見てみると、科学的に分かっていないことや分かっていたとしてもどうしようもないこと、例えば遺伝的なものなどがありますが、意識的に避けられるものもあります。研究によると、認知症発症のリスク要因のうち40%は明らかになっています。その40%の内訳をみると、喫煙や脳梗塞、社会的孤立などありますが、約12%は個人が意識することで改善できるもので、そのうちの5%は肥満や高血圧など食事が関連している要因といえます。
では、どんな食事がいいのか。これまで脳の健康に対して効果があると科学的に証明されている食事法としては、地中海式食事法やDASH食事法、そして地中海式食事法とDASH食事法をあわせたMIND食事法などがあります。
地中海式食事法とは、ギリシアやイタリアの地中海沿岸で伝統的に食されている食事で、果物や野菜をたくさん採ったり、エクストラバージンオリーブオイルを使ったりする食事法です。DASH食事法は、果物や野菜、全粒穀物を食べると同時に飽和脂肪酸の摂取を抑えた食事になります。これらの食事法を取り入れると、脳の大きさが維持されたり認知機能が上がったりするエビデンスはあります。だからといって、日本ですぐに地中海式食事法を取り入れるのは難しいと思います。食材をそろえたり料理を変えたり、結構大変だからです。
そこで、日本に従来からあり同様の効果をもつ可能性がある食事をということで、私たちは玄米食に着目しました。なぜ玄米を選んだのか。理由の一つは、安定供給が可能だからです。日本では、米の自給率がほぼ100%です。もともと米は手に入りやすいですよね。あとは米食の習慣があるので、白米を玄米に置き替えることで玄米を取り入れることが容易に実現できるということになります。また、玄米でしか摂れない栄養素、たとえばγ-オリザノールなどがあるので、これが効果的でいいのではと考えました。
では、玄米を食べるとどんな健康効果があるのか。現在様々な研究が進められています。動物実験や人の研究を通して心血管障害や高脂血症、高血圧、2型糖尿病、肥満、認知機能障害、免疫力低下、酸化ストレス障害、骨粗しょう症など、幅広い健康効果が期待できると考えられています。
人を対象にした研究では、玄米を4~6カ月食べると脳の機能が上がることが分かっています。ただ、これは高齢者でしか研究されておらず、一般の若年層での効果はまだこれから調べていくという段階です。
私たちは腸と脳の関係といったアプローチも試みています。腸は食物が胃で溶かされた後、その中の栄養素を吸収する器官ですが、この中に1000種類、100兆もの腸内細菌が存在するといわれています。これらの腸内細菌が形成する腸内細菌叢(腸内フローラ)が、免疫や代謝を介して宿主である人と複雑な相互作用を形成し、体の調子を保っているわけですが、ここに腸と脳の密接な関係があります。相互に作用して、脳の機能あるいは身体機能に影響を与えたり、認知症の発症まで関係することが分かっており、これらを「腸脳相関」といっています。
腸と脳がつながっていると言ってもピンとこないかもしれません。しかし、緊張したときにおなかが痛くなることを思い出してみてください。その腹痛は脳がストレスを感知して、その信号が腸に伝わることで起こります。
では、腸から脳に効くというのは、どういうことなのか――実は、腸の環境を変えることで、脳がどう変わるのかが最近いろんな研究で分かっています。アルツハイマー型認知症患者のふん便をラットに移植すると認知症に関連した腸内細菌が増えます。また、その認知機能をつかさどる海馬の神経新生に影響が出ることも分かっています。では、腸内細菌に何が影響を与えるかというと、代表的なものの一つは食事です。摂取したものによって腸の状態は変わります。習慣的に植物性のものが多い食事を摂ると腸内環境は良くなるし、動物性のものが多い食事を摂ると腸内の環境が悪くなるといわれています。
玄米を継続的に摂取することで、腸内細菌叢が健康に対して有益な状態に変化することは分かっているのですが、それと脳の機能がどう関連しているかはまだ解明されていないことが多くあります。腸内細菌叢が玄米食でどのように変わるかを見ると、たとえばメタボリックシンドロームの成人に玄米で作った甘酒を飲ませると、腸内で善玉菌が増えて、体全体の免疫機能が改善されることが分かっています。
またこの善玉菌の中には、中年期における認知機能と関係があるものがあり、その善玉の菌が多いほど認知機能が保たれるという研究があります。したがって、玄米食によって腸内細菌叢を良好な状態に変化させることで、脳の機能が改善するのではないかと考えています。
高齢期における脳の健康には食生活が重要になってきます。脳の健康に対して有益な食品の候補の一つが玄米です。脳の健康と玄米の関係に腸脳相関が関与している可能性はあるのですが、まだ解明できていない部分がたくさんあります。これを解明するために、私たちは、玄米の製品を使った研究をして、どういうメカニズムで脳機能や免疫機能が改善するのかを調べている最中です。まだまだ未知の部分はありますが、脳の健康を考えたとき、玄米の可能性は無限に広がっていると言えるでしょう。
(プロフィール)
髙橋 芳雄(たかはし みちお)
公認心理師、臨床心理士。専門は神経心理学、発達心理学、臨床心理学。明治大学卒業後、千葉大学大学院博士課程で学位を取得。富山大学、弘前大学を経て、東北大学スマート・エイジング学際重点研究センター講師に就任。現在は、食品と脳の健康の関連を中心に、生活習慣と心身の健康に関する研究に幅広く従事している。