私たち日本人の主食材であるお米は、人体を動かすカロリー源となる糖質とタンパク質を含む、重要な栄養源です。そのお米に含まれるタンパク質について、構造や遺伝子の解析などにより長年研究を続けられている福島大学食農学類・教授の松田幹先生にお話を伺いました。
タンパク質は人間の身体を形成するための必須成分ですが、世界では今、植物性タンパク質の価値が大いに注目されています。米国のトップランクの病院とヘルスケア施設を運営する医療機関でも、植物性の食品から植物性タンパク質を摂ることで、他の栄養素も得ることができ、それらが健康や身体にプラスになるとして、植物性タンパク質の摂取を奨励しています。
植物性タンパク質の摂取において穀物は優れた食材ですが、中でもお米は特に優れていると言えます。精米する前の玄米の段階では、タンパク質のほか炭水化物・脂質などの主要栄養素とビタミン・ミネラルなどの微量栄養素や食物繊維が豊富に含まれているので、玄米を食べることはカラダに良いです。また精白米のご飯でも、タンパク質源としては麦類やトウモロコシなど他の穀類よりも優れていますし、さらに米糠を上手に食用にできれば申し分ありません。
今は精白したお米の白いご飯が一般的ですが、もともと日本人は玄米を食べていました。現代のような精米機はありませんから、臼と杵での手作業で精白したお米は大変貴重で、奈良・平安時代の貴族階級や江戸時代の武家などの上流階級の食べ物だったようです。一般庶民は、明治時代に機械精米が普及するまでは、玄米や杵つき精米で糠が多く残るお米を食べていました。白いご飯より食味は劣りますが、栄養面で優れる玄米を食べていたため、動物性タンパク質の食品が少なかった時代でも生きてこれたのだと思います。
食品タンパク質の栄養価を表す指標である「アミノ酸スコア(食品中の必須アミノ酸の含有比率を評価する数値)」で見ても、肉類・魚類および卵・大豆が最高値100であるのに対し、小麦粉は38〜44ですが、お米は玄米で68、精白米で65、特に米糠だけですと96もあります。つまりお米は、小麦やトウモロコシよりも栄養価が高いタンパク質成分を豊富に含んでいる食材なんです。
その理由は、お米のタンパク質は人が必要なアミノ酸のバランスに近いということです。お米のタンパク質のアミノ酸スコアが他の穀類よりも、むしろ豆類に近いのは、お米の主要なタンパク質成分が、大豆の主要タンパク質成分と共通の祖先遺伝子から進化したグロブリンファミリーだからだと考えられます。同じ穀物でありながら、小麦とトウモロコシの主要タンパク質成分は必須アミノ酸のバランスがあまり良くない、別のタンパク質であるプロラミンファミリーに属しています。小麦のプロラミンはグルテンとして知られていますが、お米には小麦のグルテンに相当するタンパク質はわずかしか含まれていません。タンパク質の加工上の性質も、お米と小麦では違いがあります。人間のカラダからすれば、良質のタンパク質を必要な量だけ摂ることが重要で、アミノ酸バランスの悪いタンパク質がメインのタンパク質源となるような食事は摂らないほうが良いです。バランスが悪いために一部のアミノ酸が余り、それがエネルギー源として使われますが、その際に腎臓に負担がかかります。慢性腎臓病の方などは質の良いタンパク質を摂取する必要がありますが、カロリー源として穀物を主食とする場合には、小麦やトウモロコシよりもお米が良いと思います。
身体をつくる栄養源として必要なタンパク質ですが、一方でセリアック病や食物アレルギーなどの食べ物が原因となる疾患にも関係しています。小麦とお米のタンパク質では、これらの疾患との関わりやリスクが異なります。
セリアック病は小麦グルテンが原因となる自己免疫性の疾患で、個人の遺伝的因子が関与していて、毎日の食事からグルテンを含む食品を完全に除去する食事療法以外に治療法はありません。
また小麦アレルギーは、食後に短時間で発症する即時型のアレルギー症状が特徴です。最近では、学校給食でパンや小麦の入った料理を食べた後に、体育などで激しい運動をするとそれが引き金になってしまう「運動誘発アナフィラキシー」が知られていますが、原因は小麦の主要タンパク質であるグルテンです。
それに対してお米は「グルテンフリー」と言われるように、小麦グルテンに相当するタンパク質は含まれないこともあり、小麦アレルギーに比べて、お米の食物アレルギーは発症頻度がかなり低くなっています。
米アレルギーの主な症状はアトピー性皮膚炎で、小麦や他の穀物でも症状が誘発されて穀物アレルギーになるケースも見られますが、アナフィラキシーのような重篤な症例はあまり報告されていません。総じてお米のタンパク質は、人の免疫を過剰に刺激して、免疫系の疾患を誘発するリスクが小麦と比べて低いのが特徴です。この点で、お米のタンパク質はカラダにやさしいと言えると思いますし、お米はセリアック病患者には有効で重要な穀物となっています。
稲は長年の品種改良により、様々な食用米をはじめ、病者向け低タンパク質米や酒造好適米など、多様な品種が開発されてきました。私たちの研究所でも、海外の品種や在来品種も含め約200品種の種籾を収集して、保管・維持しており、これらのお米についてタンパク質などの成分含量や品種ごとに、成育特性やゲノム構造の特徴などを研究しています。その中で、タンパク質含量の低い品種と高い品種では2倍近くの差があることや、お米のタンパク質をつくる遺伝子も品種間で違いがあることなどが分かってきました。
収集したお米の品種の中には、長年の品種改良でそぎ落としてきた野生的な遺伝子を残している品種もあると思います。そこから新しい育種の材料として有用な遺伝子が見つかる可能性もあります。また今後は、炊飯米での食味に加えて、タンパク質栄養や機能性成分の視点からも、米の育種や栽培技術の研究開発がさらに進んでいくと思います。
消費者の方もお米の食べ方や嗜好が多様化していくと思います。炊飯したお米、いわゆる「ご飯」として食味が良い低タンパク質系のお米に対する需要は今後も続くと予想されますが、それに加えて「プロテインを多く摂りたい」「植物性タンパク質を摂りたい」という方に向けた高タンパク質のお米や、アミノ酸バランスや消化吸収性など高品質のタンパク質成分を多く含むお米の需要も、今後増えていくのではと考えています。乳幼児から若者、高齢者まで幅広い世代での様々な嗜好や用途があると思いますので、それに応えられる多様なお米の生産に繋がるような研究を進めていきたいと考えています
また、ただ精白米や玄米を炊いて食べるだけではなく、ご飯をさらに加工・調理したり、米粉や米糟を使った加工食品を利用するなど、お米の食べ方もどんどん多様化していくと思いますので、そうした面でも、私たちのお米の研究が役に立って、健康で豊かな食生活に貢献できたらいいなと思っています。
米糠からは良質の食用油が採れますが、油を搾った残り滓にもタンパク質や食物繊維など有用な食品成分が含まれていますので、これらを廃棄するのではなく有効活用するための研究もますます重要になっていくと思います。その点、築野食品工業さんは先進的な考えをお持ちですし、この分野では先駆的な企業だと思いますので今後の取り組みに期待しています。
〈プロフィール〉
松田 幹(まつだ つかさ)
名古屋大学大学院農学研究科博士後期課程中途退学。農学博士、医学博士。名古屋大学農学部助手、助教授、教授を経て令和2年より福島大学食農学類教授を務める。この間、米国コロンビア大学医学部客員研究員(昭和51年9月)、日本学術振興会学術システム研究センター主任研究員(平成21年4月)として研究活動に取り組み、平成21年に日本酪農科学会賞を受賞。令和3年からは福島大学食農学類附属発酵醸造研究所(I F E S)の所長も兼務する。